「憂国忌」が過ぎて...

毎年、この時期になると、三島のことが思い出され、あちこちで囁かれる。

特に、鋭い慧眼のあったことを、民主党政権以降は一気に見直されている。

自国の文化と歴史、教育を大切にしない「日本の将来」を憂いていたことも、

国家論を持っていた文学者として、ジリジリする思いで死んでいった三島...。 


DSCN3223.JPG

  

文化に対する三島の記述は、今も少しも褪せることなく、胸にズンと響く。

文学、国家論のみならず、

あちらの趣味があったこととて、大人の顔で理解していたつもりだった...。

だけど、

7年ほど前のこと、

京都のアステレテ書房で求めた雑誌、確か、「血と薔薇」だったと記憶するが、

そこにあった 若き日の三島の小説を目にして以来、

あの自衛隊市ヶ谷での決死のことを、あの時の三島のことを、

私は語れなくなってしまった。

 

語りたいのに語れない「呪縛」のような作用が、その小説にはあった。

 

幾春秋が過ぎ、

軽くなった呪縛に今も緊縛されているのは、私の父がゲイだったからかもしれない。

 

深夜、こんなことを書いていると、なぜか、声に出して言いたくなる。

 

『万遍なく生きるというのは、難しいのです...』

 

お白湯を二杯、うさぎやさんのどら焼き、志ん朝(CD)で気分を変える。

 

 

 

(終)

 


最新コラム

このページのTOPへ